企業としての現場力 知的障害者と共に働く
「やったらやれるんや!やらさへんだけや!!」
山田 美智子 工場長
23年間障害者雇用に取り組む株式会社アクスの「元気なおかん工場長」として活躍中。
一介の主婦がその毎日の仕事をする中で経験した事を通して、身についた感性・感覚を行政・企業・学校・
地域、あらゆる方面で講演や指導を通して伝えている。彼たちと共に歩んでいる幸せを、今かみしめている
私。知的障害者との日々に感謝!!
1986年、夫と共に、非鉄金属のリサイクル業、缶・びん・ペットボトル等の再資源化処理事業を主要業務とする株式会社アクスを設立。取締役工場長に就任する。
1992年日本障害者雇用促進協会へ『障害者とともに働く』体験手記・提言を行い、協会会長受賞。
2005年『多年にわたり障害雇用に大きく貢献されました』と独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構理事長賞を個人受賞。
株式会社アクスは、京都府宇治田原にある民間企業で、多数の障害者雇用に積極的に取り組んでいる。ハンディキャップを持つ人達も、全員が労働を通じて社会参加し、自立を目差している。
創業当時から、リサイクル、エコロジー、ノーマライゼーションを共有し、社会貢献しようと会社の名称を愛(A)・協調(K)・進歩(S)の三文字の頭文字から「アクス」と名付け、この3つを会社の基本理念とし、スタートする。
確立された指導方法などは無い中を、手探りで、試行錯誤を繰り返しながら、「作業現場では、個々の能力を最大限に引き出すこと」を第一に考えることで、障害者とともに働く仕組みをつくり、社員の育成ノウハウが確立された。現在では、ハンディキャップを持つ社員が約70%を占める、全国でも珍しい障害者雇用実践企業となる。
現在は、自分自身の体験と株式会社アクスの基本理念を広く伝えることにより、社会に貢献するべく、講演活動を続けている。
実際に自身が体験したからこそ語ることができる障害者雇用の現実、現場の指導者として悩みながら乗り越えてきた健常者と障害者の壁、体当たりで向き合い続けることによって社員から教えられたことなど、具体的なエピソードを豊富に盛り込み、「心」に訴えかける講演は、聴講者の感動と共感を呼ぶ。
講演受講者レポート「こんな会社があったのか!」という衝撃が全身を駆け巡りました
「一生懸命に能力を引き出すのは企業の責任。甘やかせるのは彼らにとって失礼だと思います」
これは、山田工場長さんのご主人であり創業者の山田顧問の言葉です。知的障害者の潜在力を最大限に引き出す。
それは、企業として当然 であって、障害者も健常者も関係ない…。
現在20人を越える障害者雇用(重度の自閉症の方が半数以上)を実現され、京都府宇治田原で23年間の実績を持たれる非鉄金属選別業務会社の株式会社アクスを見学させていただいたとき、「こんな会社があったのか!」という衝撃が全身を駆け巡りました。
そこで、聞いた山田工場長の話には、ほんとうに驚きの連続でした。
工場長さん曰く、「自閉症という障害をもつ彼ら従業員たちは、会社の宝なんです!」
その理由を尋ねると、「彼らが、一度金属の選別法を身につけると、健常者よりもはるかに高い集中力を発揮して、仕事に取り組んでくれるので、今ではそれは職人の技といえるほどの域に達しているから」だという。
実際、作業現場を見せていただいたが、アルミ、銅、メッキ、真鍮など微妙な違いを指先・手のひら・視覚で感知し、手際よく目にも止まらぬ速さで選別していく様子には本当に驚かされました。
そこに至るまでは、もちろん、指導する方も言うに言えない忍耐強いプロセスを踏んでこられたと思いますが、知的障害者の潜在力を引き出すことで、貴重な労働力として、社会貢献されている企業の姿を目の当たりにして、その存在価値は測り知れないと感じたのです。
以下、株式会社アクス…。こわいけどユーモアあふれる山田顧問と自称“元気なオカン工場長”の最強ペアからお話を伺って、まとめてみました。
◎家庭力の重要性
障害者雇用で卓越したノウハウを確立されているアクスさんでは、知的障害者の新規雇用の際に、一般企業にはない、何よりも重要視する“ある事”を行っているといいます。それは「親子面接」です。
社長曰く「ただでするのはもったいないくらいの価値はある面談」だと冗談めかして言われました。
実際の面談では、「親御さんとトコトン話し合う」といいます。つまり「裸になって、本音をぶつけ合うことを抜きにして、障害者雇用を実現させることは難しい」ということが長年の経験を踏まえ、確信となっていったのだそうです。施設や作業所でも相互理解は不可欠ですが、企業として利潤を追求するという点で、妥協できない一線がまさにこの「親子面接」にあります。実際、施設に入っている方より、重度の障害者がアクスでは、立派に働いておられるからです。
親が他人任せ・会社への丸投げでは、知的障害者の場合、雇用は困難で、忍耐強い指導で手塩にかけて身につけたものが、家庭での安易な生活(=過保護)によって、一瞬に元の木阿弥=振り出しに戻ってしまうこともある。「障害者雇用は、企業と家庭の共同作業がベースになければ機能しない」と・・・。
そこには“家庭力”すなわち、家庭における“場の力”が何よりも必要になってきます。言い換えれば、“親の意識改革”がとても大切で大きな力(パワー)になると強調されます。
~親の生命力が子に与える影響~
往々にして、われわれは一般常識によって「諦めや視野の狭い考え」を持ってしまい心を塞ぎがちです。特に大変なご苦労をされている障害児を抱える親御さんたちは、その傾向が強いのです。
面接の際、家庭と会社の共同作業が障害者をもつ彼たちが働くには不可欠であるという考えのもと、彼たちの素晴らしい長所・可能性を熱意をもって説いていったとしても、そう簡単ではなかったそうです。
中には“あなたに私の気持ちがわかるもんか!”という頑なな心(=心を閉ざして視野を狭くしている)を払拭することが難しいなと痛感することもあったそうです。
そんな時「辛らつな言い方をしますがそれはアクスの従業員を自分の中に入れ込んでしまうからです。」(事実、従業員にとって社長さんは父親、工場長さん母親という立場を実践され、親子のような関係を築いておられます)と素直な気持ちを伝えるとその面接の場はとてもよい空気が流れその思いが伝わったと感じられる。
その思いが伝わったとき、はじめてそうゆう親御さんも、わかり合うことができ、私たちの話を素直に聴いてもらえるようになったとおっしゃっていました。そして、今では、多くの親御さんとの信頼関係ができ厚い絆を結んでおられます。
入社前に、同社で働く障害者の姿を見た親御さんたちは、一様にとても希望を持たれます。待遇面でも作業所に比べれば“破格”といっても過言ではありません。しかし、そのあとは“丸投げ”では・・・親子面接を重視するに至るまでには、何度も失敗がありいろいろしんどい思いをしてきたなかで、たどり着いた必要不可欠のプログラムなのだそうです。
だから、同社とそこで働く従業員の親御さんとの信頼関係は厚く、職場で何か問題が発生した時には、すぐに話し合う土壌があるので、難問題の解決も速やかになされるようになったといいます。
企業と親御さんの共同作業…そこにアクスの真髄を見る思いがします。
この話を聞いて、やはり、親の意識改革が知的障害者雇用、そして知的障害児の教育に最も大切であることがわかります。
◎『マイナス・プラス=プラス』
~人間の本質を感じさせてくれる障害者との関わり~
アクスの障害者に対するかかわり方は、現実から目をそらさず、しっかりと受け止めることから、手立てが見えてくる。それを『マイナス・プラス=プラス』と表現されています。
「登山家が、山の頂上が間近に見えてからが、本当の険しい登山がはじまる」というニュアンスの言葉を聞いたことがあるが、これは、障害者雇用の現場にも当てはまるのだと思います。
工場長さん曰く「障害者雇用に関わりを持つとき、“最初にプラス面を見て、案外できるのかも…、という思いから入る。”と“次に直面する、驚き・こんなこともできない頑固やな。こだわりが強いな。この人たちにどうやって教えたらいいのか…”、最終的にはいい面もあるんだけど、こんなところがある限り、障害者雇用は難しいと判断し、結局プラス・マイナス=マイナスの結論を出してしまうのではないか」と・・・
そこがアクスは、まったく逆で「そうではなく最初に現実(マイナス面)をきちっととらえ本当の理解ができれば、手立てが見えてくる。その手立てをしっかりすれば、プラス面(純真さ、真面目さ、素直さ)といった人間の本質(障害があるがゆえに大きく持ち合わせているのかもしれない)を活かしていくことで差引きすればプラス。
すなわち“マイナス・プラス=プラス”障害者雇用もいいもんだ!」という考え方なのです。
まさに、23年前に山田顧問が「行ける!」と直感されたのも、そこの部分なのです。
思えば、この人間の本質部分の欠落こそが、いますべての経営者が重要視する企業発展の原動力だといえるのではないでしょうか。
◎ ほんとうのヒューマニズムとは
「障害は一生涯ですからな…」。「かわいそうと思うことがかわいそうなんですよ!」という顧問の言葉は、厳しいようだが、核心をついていると思います。
もっとシビアに本気で引き出す努力をすべき・・・。これは、企業として生き残っていく上で、障害者は企業を支える“人財”として真剣に関わってきたからこそ言える、すなわちアクスだからこそ言える社員教育すべてに通じる基本だと思います。もちろん、障害者であれ、健常者であれ、それはまったく関係ありません。
「社会的弱者を守らなければならない」というお題目のもと「まず補助ありき」の考え方で保護型行政になりがちな中で、同社が実践されているような、適度な負荷をかけつつ、能力を引き上げるという発想は残念ながらなかなかないようです。
アクスの山田顧問という方は気骨の人という印象を受けます。その顧問を支える工場長さんは、少女のような純真なこころをもつまっすぐな工場長という印象です。
「現在の宇治田原本社工場はいっさい補助なしで作り上げたものだからこそアクスの思うように知的障害者の就労がつらぬき通せている」と・・・工場を見学させてもらいましたが、本当に必要な場面設定の中で障害を持つ彼たちが活き活き働いている。エレベーターもなければ補助設備もないけれど、その中で生きていくうえで必要な力(危機管理)も養成できている。顧問の「やったらやれるんや!やらさへんだけや!」が生きている気がしました。
顧問は、「保護型福祉は能力を引き伸ばすきっかけを作る目を摘んでいる。努力をしないで伸びしろを阻んでいる。」
企業経営という毎日ぎりぎりの線を渡ってこられた創業者の言葉は、シンプルであり重みを感じました。
もし仮に、同社の知的障害者への雇用ノウハウを実践する企業が増えれば、障害者への補助という形での、税金の支出は激減していくことは間違いありません。
ある試算によれば、施設に障害者を一人、送ることによって、そのためかかる人件費その他費用は、2億円を超えるといいます。あくまでも試算ですが…。とはいえ障害者雇用は、掛け値なしで、もはや国家の浮沈に関わってくるほど大きな領域となってくるのでは?
また、顧問はこうも言われました。「アホか~!バカもん!」と言うこともあるけれど“きれいな平等言葉”だけではない中に親しみが湧き絆の深まるときもある。親も色々な場面でそんなことがあるでしょう。要するに言葉だけで差別、平等をはからない。それを思うと現場での真剣な関わり方(はだかのぶつかり合い)同社における障害者雇用のありかたは“平等のありかた”への大きなヒントが数多く含まれていると思います。
アクスで実践されている適材適所の障害者雇用への取り組みのノウハウは、これからますます注目され、必要とされるに違いありません。
70%以上の労働者が障害者である同社ですが、障害者の方々を就労という形で、最低賃金保障を確保してやっておられます。中には、10年以上のベテランの障害者たちが数名おられ、年数の浅い人たちと、適材適所でうまく運営されています。
顧問曰く「同情することのほうが、むしろ差別では」という水平思考のもと、能力のばらつきを想定し、全体の力を一つに集めて、適材適所の企業運営を成立させておられる。そして個々が賃金をもらって立派に自立に向けて成長しておられる。
施設や作業所で作業する障害者の人たちには1万円の給料は出るもののその中から6千円の昼食代は天引きされるという実態があるのも現実です。
そう考えたとき、アクスは障害者を持つ親御さんにとっては、ほんとうに希望的な話だと思います。
◎ 障害者雇用のモチベーションはいったいどこから
~好き・得意が生み出す無尽蔵のパワー~
先日のR大の福祉関係の会合に山田工場長が参加され、お話をされたあとで、院生から従業員の70%以上が障害者として雇用される同社の「モチベーションは一体何か?」という質問があった。
院生の質問の背後には、『企業効率を高めるには、健常者の方が楽なのでは?そうでなければ、福祉関係の職業を専門的に目指す人たちと同じ、旺盛なボランティア精神がモチベーションを支えているのか?』という率直な気持ちがあったように感じました。
それに対する応えの中に、アクスの真髄を見る思いがしました。「まず一番には社長(現顧問)が一年間彼たちと付き合う中で“よし!一人でも多くの障害者の人たちを雇用する会社をつくろう!”という思いで創った会社であること。」
もうひとつ工場長さん曰く「じつは、パートの人を雇ったことはある。ところが、その人たちに気を使うことが多く疲れてしまった。
そんな中で障害をもつ人たちに教えることは素直で純真でいい感じ、手間隙がかかりしんどいけれどストレスをなにも感じなかった。自分に合っていたのでしょう。
もともと福祉の意識から障害者雇用を始めたのではないので企業存続のために必要に迫られて無我夢中で彼たちと関わってきたのだが今問われると、そういう彼たちとの関わりが好きだったんだと思う。
それが、大きな力になったのでしょう」と言われた。
このまったくシンプルな動機…。「好き」だからここまでやってきたんだと…。普通は誰も出来ないことを『障害者の純真さが好き』という理由から、成し遂げられたということがわかったとき、本当にすごい人がおられるものだと思った。
なぜなら、工場長ご自身が、純真で素直な心を持っていなければ、音叉と同じで、共鳴すること自体ありえないことだと思うからです。
このやり取りから感じたことは、インターネットでのオープンソース現象とまったく同じではないかという印象であった。
余談ですが、オープンソース現象とは、インターネット上で起こっている不思議なパワーを秘める現象のことです。世界中の無名・有名プログラマーたちは、プログラムを作る行為が好きで好きで仕方がない。そんな彼ら無名・有名プログラマーが、ネット上でどんどん新しいプログラム作成のために無償で自分の技術を惜しげもなくを出し合い、結果として、大企業が大きな予算を組んでプロジェクト化した結果作成したプログラムよりも優れたクオリティを生み出すことが多々あるという。これがオープンソースという現象なのですが、梅田望夫氏が著書の中で指摘されるように、オープンソートに関わるプログラマーたちは、世のため、人のためといった奉仕精神から、無償でプログラム作成に加担しているのではなく、好きで好きで仕方がないから、やってしまったことが、気がつけばすごい価値あるプログラムであったというケースが圧倒的に多いといいます。
つまり、人間が持つ『好き・得意』がもつパワー・集中力が世の中を突き動かす原動力になっているのではないかという仮説が成り立つというのです。
“好き”という精神状態が生み出す集中力・ポテンシャルをわれわれの社会に活かすことが出来れば、この世界はきっと今までと違う風景になるような気がします。
障害者とそうでない人たちのかかわり方も、福祉精神・ボランティア精神をモチベーションとする時代から、『好き・得意』をモチベーションとする時代へのシフトチェンジがせまっているように感じるのはわたしだけでしょうか。
◎ いちご大福の世界
~障害者と健常者が共存共栄した絶妙のハーモニー~
『企業存続のため必要に迫られて一生懸命にやってきたからこそ、彼らを‘職人の域’にまで育て上げることが出来た。そこに至るまでには言うにいえぬ苦労がありましたが・・・』と工場長さんはいわれます。
それは、かの山本五十六元帥の言葉『やってみせ、言ってきかせて、やらせてみせて、ほめてやらねば人は動かじ』に集約されるというのです。
それを23年間継続してこられたいま、同社の姿は、まさに『いちご大福の世界』となっている。これは、ある重度知的障害者の子を抱えながらいつも明るく子どもと接しておられる親御さんから頂いた言葉だとおっしゃっていたが、それは同社の姿勢と重なり合う。
いちご大福とは、まさに“いちご”という想定外の味が大福餅に加わった時、絶妙のハーモニーを醸し出し、まったく新しい美味しさを作り出した世界。すなわち、イノベーションとは、障害者とそうでない人たちが渾然一体となった世界の実現である。そこに同席されていた学生さんや院生の方々は大きな感動につつまれた会合であった。
◎ 労働力としての知的障害者の可能性
アクスさんで感じた世界と非常に良く似た雰囲気が、テレビの映像から感じ取ることができた。それは足利にある「こころみ学園(ココ・ワイナリー)」で、そこでの労働による障害者の方々の脳の発達効果は、心身両面のバランスを整えることで、知的障害者が労働力として十分成り立つことを証明しているという。それは、薬によって静かにさせる従来の医学的薬物療法による、非人間的な“隔離”という括りで障害者を捉えてきたのとは、まったく対照的なやり方なのです。
アクスやこころみ学園の取り組みから伝わるメッセージは、身体を動かす仕事に、知的障害者が適しているのではないかという点にあります。それは、ただやみくもに重労働でこき使えと言っているのではありません。知的障害者の方々は、じっとしている時間が長いと、感覚が敏感すぎる(感情、気持ちをコントロールできにくい面がある)ので、能力を引き出しやすい環境を整えることが必要なのです。
それは、農作業や生き物(ワインの製造も微生物という生き物を扱う)や地球環境の浄化という職種も大きな可能性と、彼らが担う役割の場がありそうな気がします。
もちろん、多くの障害福祉機関で取り組まれている「芸術」も広い意味で障害者が社会に影響を与えうる大きな力となると思います。
それには、プロの指導者の育成が急がれます。障害者特有のリズム(時間軸)を理解した、プロの障害雇用の実践者から意見を伺うと、たとえ重度といわれる知的障害者でも雇用として十分成り立つ道があることを強調される。そうなれば、給料を受け取る立場になっていくので、社会への経済貢献は測り知れません。さらに、障害者の特性をうまく生かす仕事もじつは、まだまだあることがわかってきている。あとは、それをプロジェクトとして現実化することが急がれます。